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ネットフリックス映画「マンク」をしっかり楽しむ為の解説

    

ネットフリックス映画「マンク」をしっかり楽しむ為の解説

 

ネットフリックス映画「マンク」をしっかり楽しむ為の解説

ネットフリックス映画「マンク」をしっかり楽しむ為の解説

映画を観ていて思ったのは、色んな事が説明されていないという事。

そもそもマンクことハーマン・J・マンキーウィッツがなんでこんなに大御所になっているのかやこの時の時代背景や映画事情などなど。

会話のはしはしで何となく予想は出来るが、細かい会話までは読み解けない仕様になっている。

その為、なんとなく楽しめた状態となっている人が多いであろう。

なので、分からない箇所を整理した後、その部分を徹底解説していくぞ。

 

( こんなことが分かります)

✔ 映画マンクをより楽しむ、理解するための解説

 

楽しめないのは、よく分からないから…分からないと感じる箇所

 

マリオン・デイヴィス

マリオン・デイヴィス

(C)2020 Mank Netflix.All Rights Reserved

このマンクという映画は、1930年〜40年代に製作されたハーマン・J・マンキーウィッツ脚本の市民ケーンという映画の誕生秘話。

映画内では、この年代の時事ネタや映画事情も会話の節々入ってきている。

そもそも市民ケーンという映画自体よく知らないとこの映画の興奮度が断然違うんだ。

そこで、分からないであろう箇所を簡単に解説していく。

 

マンクを見る上で分からない箇所)

  1. 1930年代〜40年代のアメリカ事情
  2. 1930年代〜40年代の映画事情
  3. 市民ケーンについて
  4. ウィリアム・ランドルフ・ハーストについて
  5. ハーマン・J・マンキーウィッツについて

 大きく分けて5つほどになると思う。

この5つがわかっていれば、十分理解も出来るし、楽しめる。

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1930年代〜40年代のアメリカ事情

誰もが知る世界恐慌が1929年の後半。

なので、丁度アメリカ経済が世界恐慌で大打撃を受けている最中でのお話。

世界恐慌のことを少し詳しく知るのと第二次世界大戦について大体わかっている必要がある。

 

1930年代〜40年代の映画事情

アカデミー賞の発足や映画にも出てきたワーナーブラザーズ、MGMと映画会社がまだ10年も経っていないような状態。

映画館も誕生して2、30年と最近なんだ。

マンクは、映画の脚本家なので、どうしても会話にこの時代の映画事情が絡んできてしまう。

 

市民ケーンについて

映画史上最高なんて言う人がいるくらいの名作中の名作。

そもそもこの映画は、マンクが市民ケーンを書き上げるまでの話なので、この映画の凄さを知っているかいないかではかなり違うぞ。

 

ウィリアム・ランドルフ・ハーストについて

 市民ケーンのモデルとなった男性で映画にもしっかり登場する。

この人物のについてしっかり知っていれば、より分かる。

  

ハーマン・J・マンキーウィッツについて

通称マンク。

そうこの映画の主人公なんだ。

映画の始まりは、元々映画業界でそれなりに名をはせた状態から始まる。

このマンクの生い立ちや過去の作品等はほんの少しせか紹介されない。

なんで、マンクはあんなに顔がきいているのか?有名なのかを知っていれば、より楽しめる。

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「マンク」をしっかり楽しむ為の解説

 

マンクの映画内画像

マンクの映画内画像

(C)2020 Mank Netflix.All Rights Reserved

ここからは映画マンクをしっかりと楽しむ為に必要な事を一つ一つ解説していく。

解説する事柄は、5つ。

解説する項目)

  1. 1930年代〜40年代のアメリカ事情
  2. 1930年代〜40年代の映画事情
  3. 市民ケーンについて
  4. ウィリアム・ランドルフ・ハーストについて
  5. ハーマン・J・マンキーウィッツについて

大きな出来事若しくは、重要な事を箇条書きで書き出してから補足説明といった形で進めていく。

映画内にあったシーンについては、紫色にしてあります。

ちょっとした雑学!では、知っておいたら、より楽しめる事を追加で書き加えている。(知らなくても十分楽しめるよ) 

 

・映画「マンク」を楽しむ為の解説1)1930年代〜40年代のアメリカ事情

世界恐慌

主に30年代にはこの世界恐慌が基本となっている。

歴史の授業等でも取り上げられている通り、アメリカは大不況に陥り、市民は職を失ったり、銀行が閉鎖(バンク・ホリデー)したりと大混乱な時代となった。

 

世界恐慌は、1929年後半あたりから起こり、大不況の打開策としてニューディール政策をフランクリンルーズベルト大統領が行った。

ニューディール政策をすっごく簡単に説明すると農業とか商業とかのテコ入れや労働者の権利(最低賃金とか労働時間の取り決めなど)などなど行った。

 

映画の中のシーンでは…

この大不況によりお金をマンクからせびるシーンが多数あっただろう。

あのシーンの背景には、こういう世界恐慌があったんだ。

他にも銀行が封鎖された話も出てきたと思う。

それは、大不況を乗り切る対策としての政策の一環だったんだ。

 

ちょっとした雑学!

1920年にあった禁酒法について

マンクは言わばアル中。

最初の方でお酒絡みの会話の中であの禁酒時代を生き抜いたから大丈夫か的な会話があったと思う。

 

その会話の意味がこの禁酒法だ。

1920年に行われたんだが、アルコール依存者の高い比率を下げたり、酒場を地盤にした政治屋による政治腐敗を減らす試みが目的だったんだ。

マンクのようなアル中を更生するんだね笑

だが、結局密売などの犯罪が多くなってしまったので、1933年とかそのあたりに完全に廃止された。

あの会話の流れには、そう言う時代背景があったんだ。

 

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・映画「マンク」を楽しむ為の解説2)1930年代〜40年代の映画事情

当時の映画撮影ってこんな感じ

当時の映画撮影ってこんな感じ

(C)2020 Mank Netflix.All Rights Reserved

ここでは、4つほどに分けて解説していく。

解説する項目)

  1. MGMについて
  2. ワーナー・ブラザースについて
  3. アカデミー賞が出来たてホヤホヤ
  4. 映画館の誕生から約30年しか経ってない
主人公が映画関係者ともあって、この部分はしっかりと解説していかないとならない。
それも色んな事が出来たてだったりしているからだ。
 

まずは、MGMについてだ。

正式名称は、メトロ・ゴールドウィン・メイヤーで、大体の人は知っているだろうが、レオ・ザ・ライオンのロゴ。

真ん中にライオンがいて、「ガォー!」ってやってるやつだ。

www.youtube.com

こんな感じのやつで、大体の人は一度は目にしたことあると思う。

 

元々は、MGMの前身のゴールドウィン・ピクチャーズが使ってたらしいね。

1924年に3社が合併して出来た会社で…

  1. メトロ・ピクチャーズ・コーポレーション
  2. ゴールドウィン・ピクチャーズ
  3. ルイス・B・メイヤー・ピクチャーズ

の3社だ。

 映画内では…

ルイス・B・メイヤーは、映画にも出てきた名だね。

  アーリス・ハワードが演じており、映画内でもそれなりに出番多めとなっている。

 

代表作といえば…

市民ケーンロミオとジュリエット、ベンハー、風と共に去りぬオズの魔法使トムとジェリーなどなどキリがない。

因みにトムとジェリーって7度もアカデミー賞を受賞していたらしいよ。

凄い作品なんだね…

映画内では…

オズの魔法使いロミオとジュリエットは、会話の中に出てきて、印象的な作品だ。

オズと魔法使いをボロクソ言ってたんだが、それは、製作費$2,777,000に対し興行収入が$16,538,431。

めっちゃ少ない。

対するロミオとジュリエットは、かなり褒めており、アカデミー賞に4つノミネートする程。

 

ワーナーブラザーズ(ワーナーブラザーズエンターテイメント)は、1923年にハリー、アルバート、サム、ジャックのワーナー4兄弟によって設立された。

MGMとほぼ同期なんだ。

因みに1927年に初めて映像と音声が一緒になった作品『ジャズシンガー」が公開されたんだ。

 

映画内では…

世の中はギャング映画などそういう映画で盛り上がってるだの一般人がどれだけの割合でギャングに出会うかだのかなり批判的な意見を言っていたね。

これは、MGMのライバルともいえるワーナーブラザーズが世界恐慌の経営難を乗り切るために作っていったギャング映画がヒットしたことがあってのことなんだ。

 

ちょっとした雑学!

MGMとワーナーブラザーズのその後…

最近めっきり見なくなったあの配給ロゴ映像…

そもそも1950年頃から衰退して、1973年にはUAユナイテッド・アーティスツ)が配給権を獲得。

その後、UA地獄の門と言う映画で大失敗し、破綻し、逆にMGMが買収して…「MGM/UA」となった。

現在は、ワーナーメディアというワーナーブラザーズやCNNなどが合体した複合企業体に1986年に傘下となった。

因みにワーナーブラザーズは、1995年に傘下となっているぞ。

 

実はアカデミー賞が出来たのが1927年なんだ。

第1回のアカデミー賞が1929年に行われ、ルイス・B・メイヤーが映画業界の5職種(俳優、監督、プロデューサー、技術者、脚本家)から成る映画芸術科学アカデミーAMPAS)を作った。

このルイス・B・メイヤーというのがMGMの創設者の一人。

映画内では…

MGMのみんながやけに映画系にはお高く留まっていたように見えたのは、そもそも今では誰もが知る賞を作った人がいたりしていた背景がある。

凄い何処かの貴族か何かなのかと思う程の豪華さなのは、映画業界の最前線を走っていたから。

自分たちが映画業界を引っ張っていってる!って感じがヒシヒシ伝わってきたよね。

 

映画館が発明されたのが1899年にあった博覧会でのこと。

最初は音声のないサイレント映画だったんだが、1927年にワーナーブラザーズが公開したジャズシンガーで音声と映像の両方ある映画がでた。

因みにカラー映画は1937年くらいから作られ始めて、『スタア誕生』や『白雪姫』などが最初。

『オズと魔法使』も1939年にカラー映画としてリメイクされている。

 

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・映画「マンク」を楽しむ為の解説3)市民ケーンについて

市民ケーンのポスター

市民ケーンのポスター

(C)1941 RKO Inc.All Rights Reserved

そもそも映画になる程凄い作品なのかどうかという話。

かなり凄い。

そもそも世界映画史上ベストワンなんじゃないかって言われる程凄い。

英国映画協会で5回連続1位に輝いたり、アメリカ映画ベスト100では1位にランクインしている程…

実際、第14回アカデミー賞で9部門ノミネートし、脚本賞のみ受賞した。

 

でだ、何がそんなに凄いのか…

専門的になるが、パンフォーカスやロングテイク、特殊メイクの元祖を作ったりと色んな今の映画の基礎となる技術が詰め込まれているんだ。

その他にも今の映画ではよくある、過去の回想シーンと現在のシーンを交差していく手法。

これが、この1941年に作られていたという事実。

色んな事の初めてが詰まっている映画だ。

 

ちょっとした雑学!

第14回アカデミー賞に物申す!

世界映画史上ナンバーワンなんじゃないかと言われているのに何故か第14回アカデミー賞では、脚本賞のみ受賞。

9部門にノミネートしているのにだ。

それには、元となった新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストの妨害が絡んできている。

内容が自分を元にしたことや自分と愛人のマリオン・デイヴィスを侮辱されていると思い、全力で妨害した結果…1部門のみの受賞になったんだ。

その結果、当時の会場ではブーイングの嵐が起こったそうだ。

意味ありげに最後らへんのシーンで、記者に「9部門ノミネートし、1部門のみの受賞となりましたが~」と聞かれていた経緯はこういうことだ。

 

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・映画「マンク」を楽しむ為の解説4)ウィリアム・ランドルフ・ハーストについて

出身校がハーバード大の超エリート。

政治家としての顔ももつハーストで、ハーストコーポレーション創始者

新聞王と言うだけあるからどれだけ凄いのかと言うと…

ハーストコーポレーションは、現在15の日刊紙、49の週刊紙を発行、株式保有先が多い会社も含めると200近い新聞を発行している。

それに加え、世界中で雑誌200誌も発行している程。

それだけじゃ終わらない…

放送業でも全米視聴者の18%のシェアがあったり、不動産関係などにも手を出しているとんでもない会社だ。

新聞王とはよく言ったものだ…

 

ちょっとした雑学!

ウィリアム・ランドルフ・ハースト死後…

市民ケーンを妨害しまくったハーストさん。

実はハースト死後、市民ケーンの評判は一気に回復したそうだ。

色んな雑誌の最高映画ベストなんぼにランクインし始めたのが、ハーストの死後1951年以降となっている。

名作は、どんな妨害されても絶対に評価されるんですね!!

 

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・映画「マンク」を楽しむ為の解説5)ハーマン・J・マンキーウィッツについて

市民ケーン執筆中のマンク

市民ケーン執筆中のマンク

(C)2020 Mank Netflix.All Rights Reserved

このマンクの主人公。

映画の最初から凄い大御所感があるが、その理由は記者や演劇評論家として名をはせたからなんだ。

元々は映画の脚本家ではなく、ニューヨークタイムズにドラマの本や作品を送っていたのが始まり。

その後ヨーロッパ中で高い評価を得ていたダンサーのイザベラダンカンに広報担当者として雇われていたりした。

 

因みに初期のニューヨーカー(アメリカの週刊誌)の演劇評論家になったんだ。

映画業界に来たのは、1926年頃くらいなので、大体映画の過去の回想シーンくらいからだね。

すぐにその手腕が評価され、シナリオ部門の責任者まで登りつめた。

 

映画内では…

映画の方でかなり高い地位の高い立ち位置にいたのは、過去に演劇評論家やイザベラダンカンの広報担当者など色んな経験と高い評価があってのことだったんだ。

映画の回想の方でもすでに一目置かれていたのも納得いく。

その後も色んな人と交流があったりしたのも過去の演劇評論家時代のよしみ、広報担当者で知り合った人などそういうところが関係していたんだね。 

 

✔  ちょっとした雑学!

弟のジョセフ・J・マンキーウィッツとオーソン・ウェルズについて

映画にも出てきたこの2人。

弟自体は、結構出番があるが、オーソンウェルズの方は、映画の時ではもうすでに超有望株。

弟ジョセフは、 数多くのアカデミー賞を受賞し、監督やライターとして名をはせて行った。

一方オーソンの方は、興行収入的に映画監督としては失敗してしまい、この後苦労人となる。

オーソンは、実は演劇出身者だった。

マーキュリー劇場の主宰したりと演劇面ではかなり高い評価を得ていたんだ。

 

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